2026/08/22 11:18

もう1年も前にNewsPicksに上がっていた動画で、「AIの進化と創造性」というテーマで、宇多田ヒカルさんと歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリさんが対談しているものを見つけた。
かしこ(関西でいう、賢い人、勉強ができる人のこと)な2人の会話の半分も理解できているかは疑問が残るところだけれど、そこで感じた、わたしなりのAIとの関係性や今後の付き合い方、そして気をつけないといけないと感じたことを書きたいと思う。
以前にもAIについては何度か書いてきたけれど、これからの時代は避けて通れない、共存していくべきもの。産業革命みたいなものだと思っている。(当時のことは何も知らんけど……)
未知なるものへの不安から、未来を悲観したり、批判を垂れ流したりしても、何にもならない。
どう上手く使っていくか、どう付き合っていくかを考えているほうが、よっぽど楽しい。
ハラリさんは、最近の目覚ましいAIの進化を見て、唯一AIには奪われないと言われていたクリエイティブな分野でさえも、人間がAIに取って代わられる時代が来るのではないか、という問いを投げかけていた。
「こういう感じの気分だから、それに合うプレイリストを作って」といえば、数秒で作ってくれるだろうし、作曲してもらうことも可能になった。
だからといって、ミュージシャンがいなくなるかといったら、そうはならないと思う。
絵描きや漫画家、他のアーティストであっても同じこと。
インスタントのラーメンがあるからといって、ラーメン屋さんがなくならないのと同じで、選択肢が増えるだけ。
何を選ぶかは、状況や気分、その人の価値観やセンスによって決まる。
最近のチャットbotの進化のスピードはすごい。
ほんの1〜2年前は、まあまあな確率で平然と嘘をつくし、トンチンカンな返答をしてきたり、まるで使い物にならなかった。
それがここ1年〜半年の間で、多くの人が日常的にチャットbotを使うようになった。
使い方は人それぞれで、調べ物をするだけの人もいれば、なんでも話せる友人・相棒のように、あらゆることを相談して活用している人もいる。
行くところまでいくと、恋人だと言い張る人も出てきた。
わたしはというと、主にこういう文章を書いたときの添削を頼むことが多い。
まずは書きたいことを自分で文章にしてから、誤字・脱字や文章の構成の見直しをしてもらう。
その直しを採用する場合もあれば、譲れないところはそのままにしたり、最終的な判断は自分でするようにしている。
動画の中で面白いなと思ったのは、疑似恋愛のサービスでより依存性を高めるためには、一般的に理想とされる完璧な対応をするのではなく、意地悪だったり、相手を振り回すような対応をすると、良い結果が得られたという話。
面白いと同時に、自分の中でハッとした部分でもあった。
恋愛や人に対して依存的な人に、いくら正論を言ったってDV彼氏やホストから抜け出せない人は、男運がどうこうという問題ではない。
相手の暴力性や支配的な一面が見えたときに、「やばい!」と思ってさっさと離れるのか、「嫌われたくない!」と相手に縋り付くのか。その違いなのだと思う。
結局、自分はどういう相手を選び、どういう関係性を心地よいと感じるのか。
まるで写し鏡のように、使う側の人間性や生き方が、そのまま出てくる。
一見、同じように美しく見えるものでも、上辺だけ整えられたものなのか、内側や、そこに至るまでの背景から放たれる美しさなのか。
そして、自分自身がその違いを感じ取れる人なのか。何を美しいと感じ、どういうものを好むのか。
自分の知性、関心、宗教観、人間性にいたるまで、全てが可視化されるのが、面白くもあり、恐ろしいところだ。
使えない、中身のない空っぽな返答ばっかりするAIだと嘆いていると、自分自身がそうであると、認めざるを得ない時代がすぐそこまで来ているのかもしれない。
だからこそ、便利だからとAIに頼るばかりではなく、自分で学んで、自分の頭で考えて、自分の足で歩いて、自分の体で感じること。
それが、これからの時代をより豊かに生きていくためのヒントなのだと思う。
