2024/06/10 08:58



そろそろ梅雨が始まりますね。

こういう雨が続くような時期によく思い出すことがある。

今回はガラスとは全く関係のない

むかしわたしが実家で飼っていた猫のお話。


わたしが小学校高学年だった頃に

友人が近所の公園に捨てられていた数匹の

子猫を見つけてきたという。

産まれてから数週間ぐらいしか経っていないであろう

子どもの手のひらに乗るぐらいの小さな子猫だった。


どういう経緯でそうなったのか今はもう記憶にないけれど

わたしはそのうちの一匹を連れ帰ることになった。

もちろん、親の許可は取っていない。


今までも何度か近所で子猫を見つけては飼っていいかと頼んだことはあったが

わたしが生まれる前から、もう既に一匹猫は飼っていて

さらに追加で飼うことは毎回許されなかった。


その日は雨が降っていたので、外に置いておくのは可哀想だと思い

こっそり家に連れ帰ることにした。

隠れて世話をしようとしたのだけれど、隠し通せるわけもなく

数時間で親にバレることとなる。

もちろん、怒られたと思うがもともとは母も猫好きである

放っておけば今にも死んでしまいそうな子猫を

雨の中、捨てに行けとは言えず、ひとまず一晩家に置くことを許してもらえた。

しかし、次の日も、その次の日も雨が続いた。

そうして外に出すタイミングをすっかり見失い

毎日世話をする中でどんどん母も情が移ったのか

わたしの子猫に対する執着に根負けしたのか

我が家に迎え入れることになった。


今、思えばかわいそうだったのは先代猫。

残念ながら母性本能は皆無で子猫への拒否反応が、激しく

かなりストレスを与えてしまっていた。

子猫の方はというと甘えたいのかスキあらば

果敢に先代猫に近づこうとして、いつも怒られていた。


なんだかんだ子猫も大きくなり、わたしも大人になり実家を出たり、出戻ったりして

猫は「コイツはワタシを置いて出て行ったニンゲン」として見切りをつけたのか

たまに実家に帰ったときも、特に警戒するでもなく甘えてくるわけでもなく…

程よい距離感を保つようになる。


わたしが結婚して妊娠したころ猫は19歳になっていた。

特に大きな病気もせず、ずっと若々しく元気だったが

最近なんだか猫の体調が思わしくないと実家の母から連絡が入るようになる。

もう長くはないかもしれないと、わたしも産休に入ったということもあり

ちょくちょく猫の様子を見に実家に帰る機会も増やしたりして

もしかしたら、息子に会わせることは難しいかもしれないなぁと思ったりしていた。

しかし、もう駄目かもしれないと思った矢先、急に元気を取り戻したりして

数カ月後、息子が産まれた頃も猫は変わりなくいてくれた。


産後2ヶ月、息子と2人一泊の帰省することにした。

恐らくその時初めて猫と息子を対面させることができた。

なんだか不思議な気分だった。

猫は威嚇するでもなく、興味津々というわけでもなく

なんだこの生き物は…そんな感じだったと思う。


一晩過ごした翌日。

父と母は朝から用事があり、実家には私と息子と猫だけ。

猫はほとんど寝ていて、足取りもおぼつかず

誰がどう見ても立派な老猫になっていた。

その日はよく晴れていて3月にしては暖かかったのを覚えている。

ベランダのガラス戸から差し込む陽の光をぼんやり眺めていると

ずっと部屋の奥で寝ていた猫がヨタヨタとベランダに向かっていく。


ああ、今日は暖かいから外に出たいんだな とすぐに理解し

わたしはベランダまで猫がいつも使っている毛布を移動させ寝床を作ってやった。

昔は軽々と超えていた部屋とベランダの段差も今は手助けが必要だ。

猫は気持ちよさそうに陽の光を感じて外の空気を味わっているように見えた。

わたしはしばらく、傍に座って骨張った猫の背中や頭を撫でて

今この子は本当に頑張って生きているんだと感じた。

その時ふと、もかしたら息子が産まれてくるのを待っていてくれたんじゃないかと思い

その老いた体で懸命に生きている猫を見て

わたしは、嬉しいと同時に申し訳ないような気持ちになって

独り言のように「もう、頑張らなくていいんだよ」とポロリと零した。


今でも信じられないが、本当にその瞬間に突然、猫の呼吸が荒々しくなっていく。

やがて苦しさからか家の中に必死に入ろうと立ち上がり

わたしは猫の身体を支えて家の中へ。

呼吸は荒いまま猫にはもう立ち上がる力はない。

頭の中ではこれが最期になるのだと冷静な自分もいたが隣の部屋で息子が泣き出したことで

もうテンヤワンヤになった私は泣く息子を抱きかかえて猫の最期を看取った。


父と母はやっぱり最期は拾ってもらった貴方がいる時が

良かったのかな的なことを言ったけど、きっと違う。

最後まで可愛がってもらった両親に最期の姿を見せて悲しい思い出を残したくなかったんじゃなかとわたしは思う。

そして、途中で出ていってしまったわたしに最期ぐらい付き合えと、その時を選んだんだと。


今思えば、少しの間ぐらい息子は傍で寝かせたまま

最後は猫を抱きかかえてあげていたら良かったなと今でも悔やむ。

赤ん坊の泣き声を聞きながら猫は最後何を思ったのだろう。


わたしは今、あえてペット飼育禁止のマンションを選んで住んでいる。

きっともう生涯、動物を飼うことはないと思う。